結婚披露展 TSUNAGU

菊地章雄・佐藤早秋の結婚を写真でお披露目する 「結婚披露展TSUNAGU」を開催する新婚二人によるブログです。結婚をテーマにした記事、写真展までの準備の様子、コラムなど幅広く綴っています。http://www.hirouten.com

●RADWIMPSから考える結婚

 

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わたしたちは、結婚披露展の準備を進めるとともに、結婚とはなにか、という問いに対しても常に考えを巡らせている。

 

今回は、ロックバンドRADWIMPS「ものもらい」の歌詞を参考に、結婚について考えてみたい。

 

ここでは、結婚より少し枠を広めて、「パートナーの存在が、どうお互いに影響を及ぼすのか」といった視点で話を進めていきたい。

 

まず、恋愛や結婚をすると、時間的、物理的に拘束されることが多くなる。

 

恋愛や結婚をするまでは、多くの人が、自分ひとりが行きたいところへ行き、買いたいものを買い、好きなように時間を使い、自分ひとりの欲求を満たしていればそれで良かったはずだ。

 

誰かとお付き合いをし始めれば、当然、時間や行動範囲が以前よりも限定されてくる。

 

「自由」の幅が狭くなると思われがちだ。

 

それでもなお、パートナーとともに時間を過ごしたいのは何故なのだろう。


ここで、RADWIMPS「ものもらい」より歌詞を一部抜粋してご紹介する。

 

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この眼で この腕で
君のこと見つけたんだよ

 

そして君で 君の手で
ねぇそうだよ僕は僕の形が分かったよ

 

僕は僕と はじめて出会えたの

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自由の幅が狭くなりつつも、パートナーとともに過ごす理由は、ここに隠れているのではないかと考えた。

 

言いたいことはこうだ。

「わたしたちは、パートナーと過ごすことを通して、自分が何者であるのかを教えてもらっている、もしくは、パートナーがいることで、これまでは不明瞭だった自分の役割や存在価値が理解でき、最終的に自己発見へと繋がっている。」

 

パートナーと時間を過ごすことで、自分が誰なのか、何なのか、その答えを見つける近道になる、ということだ。


” なぜ自分は生きているのだろう ”

 

” 自分はなんのために生まれたのだろう ”


誰もが一度くらいは、そんな風に考えたことがあるだろう。この問いに答えはないかもしれない。

 

人それぞれ思うこと、感じることは異なり、数式のような答えは見出せない。

 

そんなときに、まさにパートナーが答えを教えてくれることがあるかもしれないのだ。


「君の手で、僕は僕のカタチが分かった。
僕は僕と初めて出逢えた。」


自分のカタチは、パートナーが自分のことをあれやこれやと知ろうとしてくれたり、肯定してくれることで、見えてくることがある。

 

かつ、

自分もパートナーのために、能動的な行動を起こすことで、自らの性質を知ることになる。

 

自分が言ったことや取った行動が、自分でも意外なことがあって驚いた、そんな経験をしたことはないだろうか。

 

お互いがお互いを認め合い、知ろうとし合って、そこで初めて「自分も自分のことがようやく分かってくる。」

 

パートナーが自分を知っていくように、自分も自分を少しずつ、理解するようになっていくのではないか。


わたしたちは、結婚したり、パートナーを持つと、個々の自由が限定されるのではと、懸念する一面を持っている。

 

それは、結婚という道を選択しない人たちが増えている現状からも、読み解くことができる。(詳しくは、これからの結婚式サイト内、「なぜいま披露展なのか?」のページをご参照頂きたい。)


しかし、パートナーを持つことで、逆に自分のことを深く知るきっかけになることも、あるのではないだろうか。

 

自分のことを知る機会は、想像以上に少ない。自己分析をしていても、それはあくまで自分の頭でフィルターをかけている可能性がある。

 

パートナーと時間を過ごし、自らの行動や考えを整理し、伝えようとしたとき、自分の価値観を発見でき、感情が芽生えてくることで、結果的に自分を知ることになっていることがある。


「相手のお陰で自分を知ることができる。」

 

パートナーと過ごすことは、自分探しの近道であるのかもしれない。


佐藤早秋

 

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