結婚披露展 TSUNAGU

菊地章雄・佐藤早秋の結婚を写真でお披露目する 「結婚披露展TSUNAGU」を開催する新婚二人によるブログです。結婚をテーマにした記事、写真展までの準備の様子、コラムなど幅広く綴っています。http://www.hirouten.com

●結婚という修業を経て見えるものとは

 修業とはなにか?

先日旦那さんが興味深い本を貸してくれました。内田樹著「修業論」です。

 

 

内田氏は、合気道の道を歩み続けて数十年の経歴を持ち、自ら名付けた道場を持つ程です。

 

そのなかで、内田氏の修業に対する考え方が、色々示されており、二人で「結婚も修業になるのでは?」と話が深まったので、理由を書いてみます。

 

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修業に得も損もない

内田氏によると、修業とは「結果の予測が出来ないもの」だそうです。

 

我々は普段何かを選ぶ時、それは得なのか、損なのか、どういう意味があるのかを問います。利益にならないと判断したら、選択肢から外します。

 

とりわけ消費社会に染まっている若年層はこの傾向が強く、修業をしなさいと、誰かに言われたとしたら、必ず言うんだそうです。

 

「修業?それ、なにか意味あるの?」って。

 

内田氏は、最初は意味が分かっていないものが修業だと言っています。

 

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修業した人しか理解できない感覚がある 

修業には、始める時からの理由はありません。内田氏によると、修業を達成したときにしか分からない感覚があると言います。

 

例えば合気道の技を極めようと修業していくうちに、習得しようと思った技以外の、身体的メリットが生まれることがあるそうです。言葉にはできない、予想外の体の使い方があったりするんだそうです。

 

修業を始める前には、予測もしていなかったことが、修業を通じて出来るようになった。分かるようになった。これこそが修業の意味なのだとか。

 

日々の修業が未来の答えを作り出す

我々は口癖のように言います。

 

「それ、なんか意味あるの?」って。

 

結婚した時点では、なんで結婚したか、これからどういうことが起きるのか、分からないものなんだと思います。ただ、素晴らしいパートナーと出会ったことに感謝し、緻密にコミュニケーションをとり、日々を正直に歩んでいくだけです。

 

結婚に於いては、こんなありふれた日常こそが修業なのではないかと。ありふれた毎日というのは、一番尊いものであると、わたしは信じています。

 

結婚という生涯の修業を経て、何が分かるのか、まだわかりません。まだまだ道は始まったばかりだからです。

 

内田氏は言います。修業とは、回顧的なものであると。レビューして、わかるものなんです。今この段階では答えがない。

 

強く生きる

 

20代前半頃までは、助けてくれ!と周囲へ振りまいていれば、誰かが助けてくれたかもしれません。

 

ですが、修業を達成できるのは、自分自身。わたしたちは、各々が修業中なのです。みんな修業を達成した先に見えるものは異なる。だから、そこに同意を求めても意味はない。

 

結婚という修業はひとりでは出来ません。ふたりの人と人が二人三脚しながら、修業という時間を共有します。

 

なにが見えるのか。なにが見たいのか。それは、わたしたちが正直な修業を終えたとき、初めて語ることのできる、人生のレビューなのかもしれません。

 

内面を充実させ、自ら及びパートナーと向き合い、結婚という修業を達成したい。強くあれ。

 

この記事で紹介したおすすめの書籍、内田樹「修行論」

 

 

菊地早秋

 

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