結婚披露展 TSUNAGU

菊地章雄・佐藤早秋の結婚を写真でお披露目する 「結婚披露展TSUNAGU」を開催する新婚二人によるブログです。結婚をテーマにした記事、写真展までの準備の様子、コラムなど幅広く綴っています。http://www.hirouten.com

●いつまでも神聖なものと思っていたい

一周年を迎えて

ありがたいことに、2018年9月で入籍をしてから順調に一周年を迎えることが出来ました。今日は久しぶりの更新ということもあり、結婚について今考えていることを綴ってみようと思います。ただの哲学なので、答えはないお話しです。

 

結婚一周年記念日を「紙婚式」というらしく、わたしたちは「紙」にまつわる場所へお出かけしました。毎年◯◯婚式というかたちで、さまざまな素材に絡めてお祝いをするのが一般的のようです。それは紙だったり、鉱物だったり、年によって異なります。ゆくゆくはダイヤモンドが出てきたりもします。

 

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結婚はどう考えてもスタートだ

入籍の手続き、同居の準備、新生活のスタート、、、結婚するとやらなければならないことが目白押しです。挙式をあげる方はその準備もあったりで、なかなかスケジュールも多忙になりますね。

 

一年経つと結婚したばかりの頃よりもたくさんのことが見えてきます。特に強く感じるのは「結婚はどう考えてもスタート地点である」ということです。結婚とは、夫婦にならんとする二人が共同生活を始めるスタートラインに立っただけのこと。

 

結婚=結婚式、ウェディングドレス、披露宴、のようなイメージがあるかもしれませんが、結婚してみてわかることは、それは単なる " イメージ " であり、現実ではないということです。

 

結婚は、夫婦になった二人が共同で営む日常生活の連なりだと感じています。結婚して、各々が仕事をし、家事をし、会話をし、眠りにつく。そういった日常の連なりこそが、結婚そのものなのかもしれません。当たり前のようなことを言っているかもしれませんが、実際に結婚をして過ごしてみると、この点は強く思うポイントなのです。

 

日常を有り難く思う

結婚が日常生活の連なりだとするならば、もしかしたら、時が経つにつれお互いが支え合って生きているということの有り難みが薄れていってしまうかもしれません。自分の父母を見ていてもそう思いますが、相手がいることが当たり前になっていくんですね。ありがとう、なんて言葉は滅多に出なくなる。

 

二人が馴染んで、隣にいるのが当たり前になる、といった話は先輩夫婦からもよく聞きます。それはいいことかもしれませんが、いつまでも、日常を有り難いもの、貴重なものだと思っていけたらいいな、と思っています。二人で居られる日常こそがなによりも尊いものであると、そう感じて生きていきたい。ありがとうを伝え、愛しているを伝え、当たり前に分かってくれるだろうという勝手な意識の壁を取り払い、相手に敬意を示す。

 

子供の頃に夢見ていたような、漠然とした「結婚」に対する憧れや、神聖なもの、キラキラしたもの、という認識を歪めないままおばあちゃんになっていきたいです。結婚は日常生活の連なりである、ということを理解しつつも、いつまでも「神聖なものなのだ」という心を忘れないでいければいいなと思っています。

 

菊地早秋

 

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